npo S-AIR エスエア

8月9日_長崎原爆投下祈念日、ブルガリアのおもひで集

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移動を含め6日間のvideoholicaプレゼンの旅to Bulgariaも終了です。
プレゼン直前に、慌てて質問の電話に対応いただいた本間くん、ありがとう。
こちら、videoholicaのホームページです。



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到着翌日ネノ行きつけのビーチバーに強制連行されました。
激務を逃避し、くつろぐネノさん。
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コミュニスト政権時代に、「黒海の女王」として宣伝されたVarnaのビーチ。今も変わらず、観光客はロシア、ポーランドからが多いそうです。ついでに、マフィアの勢力が幅を利かせているそうだ、EUに加入するのも利権を奪われることを懸念した彼らが妨害したそうな。

目を奪われるくらいのスラブ美女多数。久しぶりにわたしの中の男が目覚めました。オランダ、んまあ、きれいですけどでっかいしフェミニンじゃないし・・・・ということで、前時代的まっちょ色濃いお国側は、ブルガリア女子たちのフェミニンぷり、町のビルボード、雑誌などからも容易に推測できました、まあ、げんなりですけどね。
男はチャンキー!!!うっとりの二枚目そろいだし(アート系除く:世界共通)、いい体しています。韓流の次に来るかもしれない。しかしヤンキーも多い。

さて、問題です。これは一般家庭にある調理器具です。
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答え、パプリカ焼き器。
広島のお好み焼き鉄板、大阪のたこ焼き焼き器的なものです。パプリカはよく食卓に乗る野菜で、このマシーンのくぼみに一つずつ押し込み、全体に焦げ目をつけながら火を通す機能があるようです。
このマシーンでパプリカの下ごしらえをして、いろんなメニューに使います。

今回の滞在はフェスティバルに予算がなかったため、ネノのご両親のお宅に厄介になりました。
英語に堪能な母のおかげで、ブルガリアについての多岐に渡る歴史や生活、文化を教えてもらいました。
最後の日はスーパーマーケットにいっしょにいってもらって、オランダで再現できるようにブルガリア食材を入手。教えてもらった家庭料理のレシピに挑戦する予定。

予算のないAIRプログラムも、ホームステイと組み合わせるというのも案外いいと思いました。
アーティストインスクールはできればこの形式を取っていきたいね、と漆くんと話、まあ予算も少ないので、ホームステイ大歓迎です、期間も短いしね。長期となると・・・まあ、簡単ではないか・・・再検討(←自分)

では、料理画像。
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banitza(チーズの重ね焼きパイ)ネノの弟がこさえてくれました。
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videoholicaチームのカップルに連れて行ってもらったランチ。ミルク風味のソースと、パプリカに米や肉が入っています。
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安食堂、これでたぶん200円くらい。手前のは上のディッシュと似ていますが、具はチキンです。
サラダの横の黒い物体は、塩漬けの葉っぱにくるまれた米の蒸したやつ。桜餅とほぼ同じ、しょっぱい。
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スイカ、メロンがこのように売られています。
いやー、おいしかった。到着翌日の暑さにばててスイカしか食べられませんでしたが、その後少し気温が下がり、それとともに食欲も上昇気流。

肝心のプレゼン証拠画像は、わたしが撮影していなかったので掲載なし。
きちんとエスエアの歴史やプログラムの特徴など、話してきました。
通訳さんがえらいプロフェッショナルな女性で助かりました、どこがプロフェッショナルかと申しますと、わたしの恐ろしい英語でも寛大に、わかりやすく通訳してくれ、わたしの原稿の発音をしくじった単語までその場で発音を教えてくれるという状況。当然、わたしは失笑を買い、そんなこんなで、ダメな感じの緊張感に耐えきれず、原稿を放棄し、途中からいきなりアドリブでしゃべりまくり、最後は失笑が爆笑と感動に変わって終了しました(うそ)。
ちょうどこの日は広島原爆祈念日で、ついでに母の誕生日。生前より、つねづね母がこう申しておりました。
「真美、あんたの強みは土壇場で開き直れるところなんよ!」
さぞかし草葉の陰で見かねたことでしょう、みかねて乗り移ったのかもしれません。まあ、とにかく無事に終了してほっとしています。

videoholica自体は、前のメールでもリポートしたとおり、少人数で、ボランティアでまわしているフェスティバルで正直ネノは根を上げています。アーティストとしてだけ活動していたいんだけど、varna全体のアートについて地元のアーティストとしてなにかしなきゃいけないという責任感だけでやっている、だから他にやってくれる人がいたら、やめた〜いっ、とのこと。まあ、そうだろうなあ。
頼りのガールフレンドは、本番前からイタリアのプロジェクトに長期で手稼ぎ中。コンテンポラリーアートの活動に支援がほとんどない現状の中では、アートマネジャーを目指す若者は外国に出て行くしか現場がないと。
まあとにかく現実というのはいつまでも満足できる状態にはほど遠いわけで、それそれ自分の活動場所でそれでもやっぱり続けていくしか答えはないのだと、思いました。苦しいですが。

ちなみに、フェスティバル終了後、三日後には中国で三ヶ月のレジデンスにいくそうです。レジデントたちは、それぞれにみんなサバイバルしています。そしてエスエアのことを、まじで、大事に覚えてくれているんですねえ・・・わたしはネノがうじうじしているのがダメでいじめてたことしか覚えてませんが。一応、「札幌で邪見にしてごめんよ」って謝っておきましたが。
数ヶ月前にアムステルダムで琴欧州を見ることになったのは、なにかの巡り合わせだったのかもしれません。

最後にネノが、「今度は柴田とたかしにも来てほしい」といっていましたよ。
自分が札幌で得たことのお返しをしたかったと、非常に義理堅いコメントを頂戴しております。ありがたかったですが、帰りにはネノの接待ぶりに疲れ果てて口も聞けないくらいの疲労困憊。
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耐えかねて、すぐに座りたがるわたしです。

では、長くなりました。みなさんごきげんよう。
さよなら、またね。mami
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by sairoffice | 2009-08-10 04:42 | live news